9/15/2023

奨学金資料翻訳会

 毎年この時期に名古屋周辺で暮らすタイ人女性の皆様と一緒に、タイの奨学生から預かった手紙を翻訳する作業を事務所で行います。

日時:9月24日(日)13:30~

場所:事務所共用スペース(名古屋国際センター裏の雑居ビル)

どなたでもご参加可能ですので、興味のある方は事務局までメール下さい。

8/17/2023

カサロンの家と希望の家

 1998年、エイズ孤児問題を解決するために大森絹子さんとタッサニーさんが協力して孤児院「希望の家」を開始しました。

2000年、肺がんで他界された大森さんの後を引き継ぐことを決意したタッサニーさんは、ひとりでで日本の外務省の草の根支援で新たに建設されたばかりの「希望の家」を運営し始めます。

スマイル!(高木智彦著)より

2003年、タッサニーさんは「希望の家」の運営を手伝ってくれる団体を探しに日本を訪れ、その時、名古屋にもいらっしゃいました。その出会いがキャンヘルプタイランドとタッサニーさんの今でも続く信頼関係のスタートでした。

2005年、タッサニーさんの「エイズ孤児だけでなくタイ北部山岳地帯に暮らす少数民族の子どもたちのための学生寮もやってみたい」という思いから「カサロンの家」をキャンヘルプタイランドと12名の日本人ボランティアで日干し煉瓦と泥で手作りで建設しました。それが「カサロンの家」の始まりです。


現在「カサロンの家」には、ラフ・カレン・モン・リス・アカなどいろいろな民族の幼稚園から高校3年までの26人が共同生活をしています。

そんな「カサロンの家」が、毎年夏に放送される「24時間テレビ」の中京テレビ枠で8月27日(日)のお昼ごろに紹介されます。愛知大学の学生サークルSEEDとカサロンの家の子どもたちとのコラボで商品を開発し作成販売するという内容です。ぜひご覧ください。

7/30/2023

カサロンの家のタッサニーさん

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カサロンの家と希望の家を運営するユースチャリティー財団のタッサニーさんです。
キリスト教系の財団ですので、少しだけ宗教色の強いインタビュー動画になっていますが、それを差し引いても、尊敬に値する人です。

とにかく、40名以上の子どもたちの面倒をみるのはとても大変な事です。

7/29/2023

カサロンの家

 ガサロンの家(土の家)とは、キャンヘルプタイランドが現地のNGO(ユースチャリティー財団)と共同でチェンマイ郊外に建設した学生寮です。

山岳部少数民族(高地少数民族)は国籍問題、麻薬問題、教育問題など多くの問題を抱えていますが、キャンヘルプタイランドは、教育問題の改善に重点を置いて援助をしています。山岳部少数民族の村の中には学校があっても、タイ人教師が山岳部での暮らしや文化・風習の違いなどから村に馴染めず、山を下りてしまうことが多々あります。学校があっても先生がいないのです。中には、学校すら無い村も沢山あり、充分な教育が受けられない子どもがたくさんいるのが現状です。
そこで、町の近くに学生寮を造り、ここから町の学校へ通えるようにカサロンの家を建設することになりました。そして、2005年3月、ワークキャンプを実施し、日本人ボランティアと現地の職人さんや子ども達が一緒に働き、土でカサロンハウスを造りました。現在、20 
名の学生たちが親元を離れ、学校に通っています。ここの子ども達は親元から離れて暮す寂しさや、山岳部との教育レベルや言葉の違いなどを乗り越え、よく学び、よく遊び、自立した生活を送っています。
ユースチャリティー財団
https://www.ycfthailand.com/


7/17/2023

2023年度奨学金授与式

 6月28日から7月11日まで、タイとカンボジアの奨学金授与式へ行ってきました。

タイでは3年ぶりの授与式開催となり、また、教育委員会の管轄も変わり、新たなスタートの年となりました。

タイの東北地方5県を駆け足で回り、キャンヘルプタイランドとFREEの奨学生計98名の学生に奨学金を支援してきました。





また、7月6日にその足でカンボジアへ移動し、7月7日に奨学金授与式を開催しました。

カンボジアでは小学1年~3年の低学年30名に、一人年間80ドルを支援しました。

4/15/2023

理事長の一時帰国

 久しぶりの投稿となります。

4月14日(金)、西川会長が一時帰国しているという情報をキャッチしたので、懸案となっておりました会長個人名の銀行口座の解約をしてもらうために、わざわざ名古屋まで来てもらいました。

9時に名古屋駅で待ち合わせをして、そのまま、駅前の大名古屋ビル4階のUFJへ。口座の解約には事前予約が必要でしたが、予約枠はすべて詰まっていて予約できなかったため順番待ちとなりました。(窓口はそんなに混んでいるようには見えませんでしたが…)まあ、時間はたっぷりあったので待ちがてらキャンヘルプタイランドの今後についていろいろと会長の考えを聞きました。

会の高齢化の象徴的な写真

10時過ぎに銀行関係の手続きが完了したので、会長のまだ見たことのない新事務所を案内しました。
11時になり、ユニモールにある坦々麺のお店で昼食です。
会長のお気に入り

12時ちょうど発の近鉄特急(ひのとり)で関西に戻るという事で、駅までお見送り。
https://youtu.be/ERljNFGh6F4
レギュラーシートかプレミアムシートかで悩んでいましたが、結局、プレミアムシートで無事に帰っていきました。

2/12/2023

タイ豆知識1(鉄道の予約)

 タイの鉄道をインターネットで予約する方法

https://www.dticket.railway.co.th/DTicketPublicWeb/home/Home






1、タイ国鉄のホームページを開く

https://www.dticket.railway.co.th/DTicketPublicWeb/home/Home

2、右上のタイ語を英語に切り替える

3、Origin(乗車駅)とDistination(下車駅)を選ぶ

4、乗車日を選ぶ

5、人数を選ぶ

6、検索する

7、列車を選ぶ

8、個人情報を入力する

9、支払方法を選ぶ

10、届いたメールに添付してあるチケットを印刷する

この紙のチケットを乗車時に見せるだけ

※フォアランポーンバンコク中央駅は2023年現在、長距離列車の運行は終了しています。少し北のバンス―にあるクルンテープアピワット駅(Krung Thep Aphiwat)発になっているので、バンコクからチェンマイやノンカーイやウボンラチャタニーや南のマレーシアなどへ行く長距離列車を利用する場合は注意が必要です。

1/15/2023

1月の運営委員会

 1月の運営委員会は

1月21日(土)10:00~ 

共同事務所フリースペースにて行います。

ご興味のある方はぜひご参加ください。

11/05/2022

おおしま国際手作り絵本コンクール2022ジュニアの部

 今年も4作品をタイから応募しました。

http://www.ehonkan.or.jp/recruit/contest/kids_2022_prize.html




4作品中2作品が奨励賞、1作品が入選となりました。


10/31/2022

12月のイベント

 12月3日(土)ぼらマッチなごや2022

https://www.n-vnpo.city.nagoya.jp/project/boma2022/


12月10日(土)国際協力カレッジ2022

https://nangoc.org/2022/09/24/college2022/


NPOキャンヘルプタイランドはどちらも参加します。

9/26/2022

2022年度翻訳会

 今年の翻訳会も無事に終了いたしました。

例年なら2回程度開催するのですが、今回は1度で終わりました。
ご協力いただいた方々に感謝申し上げます。

翻訳会の帰りに名古屋の大須観音の前を車で通ったら・・・
トゥクトゥクが停まっていました。




9/07/2022

2022年度奨学金資料翻訳会

 タイ人奨学生からの手紙などの翻訳作業を行います。

   日   時:9月25日(日)午後1時から

   場   所:事務所

   参加費:無料

名古屋周辺で暮らすタイ人女性の皆さんとペアになって手紙等の翻訳作業を行います。

興味のある方は事務局までメールにてご連絡下さい。




8/14/2022

7月10日(日)(その16)

  TG644便を使うときはいつも離陸を覚えていません。席に座ってシートベルトを着けるとすぐに眠りについてしまうのが原因です。シートベルト装着のサインが消える頃に目が覚めたので、シートベルトを外し、座席と座席の間にあるひじ掛けを持ち上げてからゆっくり横になります。コロナ禍になり、機内が比較的空いているので可能な技です。そのまま日本時間の午前5時(タイ時間午前3時)まで、約3時間ぐっすりと寝ることができました。外はまだ薄暗いですが、朝食用の機内食の準備の音がかなりうるさく響いてきます。少し経つと機内の照明が点けられ強制的に起こされます。そして、囚人の様に与えられた食事をもくもくと食べるのです。着陸態勢に入る前までに。

TG644便は定刻より少し早く中部国際空港に着陸しました。前回の4月は、空港内でPCR検査を受ける義務があったので、その結果が出るまで待機が必要でした。しかし、今回はワクチン接種を既定の回数終了しているという条件付きでPCR検査がなくなっていました。相変わらず長い距離を歩かされますが、MySOSの青色の画面を見せながら歩くと、ほぼ立ち止まることなく入国審査場まで来ることができました。入国審査も自動化ゲートになっているので、待ち時間は0です。スーツケースも、すぐに出てきました。税関審査も事前に税関アプリを入れておいたので、無人のゲートを通り抜けるだけです。前回は、ここでゲートが開かないというアクシデントがありましたが、今回はすんなり通ることができました。810分には到着ロビーに出ることができました。Iさんも5分ほど過ぎたころに出てきました。これで僕はお役御免です。どっと疲れが出ましたが、家に着いたらすぐに投票へ向かうことにします。

おしまい

8/07/2022

7月9日(土)(その15)

 7時、ロビーでIさんと待ち合わせをして二人で朝食会場へ行きます。本来ならお昼の12時でチェックアウトしなければならないのですが、レイトチェックアウトにしても1時間ほどしか延長できないので、Iさんの部屋だけ延泊にして、Iさんは夜まで部屋でゴロゴロすることになりました。結果、僕の部屋にある荷物をIさんの部屋に移動させておけば一石二鳥です。朝食後、僕はお昼のチェックアウトぎりぎりまで部屋で過ごし、その後、荷物をまとめてIさんの部屋へ移動しておきました。そして、夕方までTerminal21で映画でも見ながら過ごすことにします。本当ならTOP GUNを観たかったのですが、公開から日が経ち、ちょうどよい時間帯の上映がなかったので、仕方なく日本ではまだ公開前のジュラシック・ワールドにしました。もちろん、音声は英語で字幕はタイ語だったので、ストーリーがチンプンカンプンで玉砕しました。まぁ、エアコンの効いた部屋でゆっくり2時間寝られたと思う事にしました。ひとつ気が付いた事があります。タイでは映画の上映前に必ず国王讃歌的なものが流れますが、昔は、観客は全員起立してそれを聞くのがルールでした。しかし、国王が新しくなり、その文化も廃れてきたのか、その間、館内の若者は誰も起立しませんでした。国王讃歌が流れている間、タイ人が立っていないのに日本人の僕だけが立つのは少し変なので、僕もそのまま座っていましたが、なんだかすごく違和感がありました。

 今日の夜の飛行機、正確には明日の午前0時過ぎのTG644便で日本へ帰ります。夜7時、ホテルへ戻りIさんのチェックアウトをしてから、マッカサン駅までタクシーを利用しました。幹線道路は渋滞しているのですが、裏道は車が少ないので、タクシーは裏道を縫うように駅まで走ります。7時半にマッカサン駅に到着し、そのままエアポートリンクを利用してスワンナプーム国際空港へ向かいます。午後8時に空港に到着し、そのままチェックインカウンターの列に並びました。4月の時よりも列が長くなっているので、日本とタイとの往来もかなり回復してきたということでしょう。順番が来たので、パスポートと陰性証明の画面を提示してチェックインは無事に終了しました。あとは手荷物検査と出国審査の順に進んでいけばよいだけです。夜9時前には空港の制限区域内に入ることができました。コロナ禍前と変わったのは、チェックインカウンターでパスポートと一緒に陰性証明書を見せることだけです。

 出国審査場を出たところで搭乗ゲートの場所を確認してIさんと解散しました。スワンナプーム空港内には、シャワー付きのラウンジがたくさんあるので、僕はそこでゆっくりシャワーを浴びてから遅めの夕食を食べました。Iさんは、残りの現金が120バーツしかなかったので、安めのソフトクリームで空腹を満たしました。

 夜11時半、搭乗開始です。後6時間で今回の長旅が終了すると思うと感慨深いものがあります。

つづく

8/02/2022

7月8日(金)(その14)

 朝、日本から衝撃的なニュースが飛び込んできました。タイでもトップニュースとして取り上げられ、「日本も、もはや安全な国ではない。」という印象を全世界に発信するには十分でした。「明後日、無事に日本に帰れるだろうか?」という心配がありましたが、どうやら単独の犯行で組織的なものではないと、NHKのワールドニュースが伝えているので少し安心しましたが、これで、自由民主党が710日の選挙で圧勝するだろうという事は容易に想像できました。

 10時にPCR検査を予約してあったので、915分にホテルのロビーでIさんと待ち合わせをしました。日本へ帰国するためには、帰国便の搭乗前72時間以内のPCR検査の陰性証明書が必要です。これをもらうためにわざわざバンコクに戻ったといっても過言ではありません。4月の渡航時にも利用したクリニックまでは少し距離があったのでタクシーを利用し、あっという間のPCR検査を受けて、帰りはシーロー(軽トラックの荷台を座席に改造したもの)でホテルへ戻りました。9時半前にホテルを出て、1015分に帰着です。

 午後7時にキャンヘルプタイランドの西川会長と食事をすることになったので、それまでは自由行動としました。と言っても、バンコクでは特にすることがないので、部屋で朝の事件の情報収集をすることにしました。テレビを観て、シャワーを浴びて、またテレビを観て、そうこうしているうちに、PCR検査の結果がメールで届きました。このメールには陰性証明書が添付されているのですが、これを日本の検疫で見せるだけではすぐに空港を出られません。MySOSというアプリに事前に登録しておくことで、いち早く空港を出られるファストトラックを利用できるのです。メールで送られてきたPDF形式の陰性証明書をスクショして画像ファイルに変換し、MySOSのアプリに登録します。このアプリはすごくよくできていて、初めは赤い画面が、登録の進み具合によりだんだん黄色から緑、最後に青に変わります。Iさんの分は明日の朝食時に行うことにしました。

 会長とBTSアソーク駅の次のプロンポーン駅で待ち合わせだったので、たいした距離じゃないと思いIさんと645分にアソーク駅で待ち合わせをして、プロンポーン駅まで歩き始めましたが、たいした距離でした。後で会長に聞くと、BTSのナナ駅とアソーク駅間の距離は高架鉄道の中で一番短いとの事で、完全にそれに騙されました。プロンポーン駅に着く直前にスコールが降り始め、ぎりぎり濡れませんでしたが、駅に着いたのは午後71分でした。僕の完全なリサーチ不足です。西川会長はすでに改札で待っていました。Iさんが“日本蕎麦”を食べたいというので、日本人の比較的多く住むこのエリア(日本人街)での待ち合わせをしました。20年以上タイで生活している会長おすすめの蕎麦屋は駅のすぐ近くにありました。1,000円ちょっとで天ざる蕎麦を食べられるので、店内は日本人で満席です。3人でお腹いっぱい食べて6,000円弱です。Iさん、ご馳走様でした。そのまま、会長と別れ、BTSでナナ駅まで戻り、ホテルのロビーで明日の朝食の時間を確認してから、部屋へ戻りました。

つづく